尖閣に対する執着を手放し、相手を赦し続けることにより、
実行支配され、資源を失い、雇用情勢に苦しんでいる人に対して、
「自己責任です」
「幸不幸は、考え方次第!」
とかは、無責任だと思うがね。
チベットやウィグルで百万人殺されている遺族に対して、
『「自分の家族」とかという所有の意識が、苦しみを生むのです』
と言うのは、「人でなし」だと思うがね。
善悪、正義を考えることが虚しい世の中であろうと、考えることをやめてしまい、
自己責任論を展開するのは、魔の代弁者に堕落していることになるのだがね。