(2009日)岩倉使節団を概観する。留学生を含め107名。
明治4年(1871)12月23日出発。
アメリカで歓迎を受け、条約改正交渉に臨むも、時間を費やし徒労に終わる。
そこから渡欧しイギリス、フランス、ベルギー、ドイツと視察し、
各々の歴史と現状を学び、日本の未来を見据え選択的に導入しようとする。
彼らが帰国した明治6年(1873)9月13日、歴史が動いた。
最後に、この使節団の留学生の顔写真が流されるが、
そこに井上毅がいた。
が明治5年9月に横浜から渡欧した8名の西欧使節団のようだ。